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構想から約30年「パソコン決裁Cloud(現:Shachihata Cloud)」の歴史を紐解く

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シヤチハタは創業95年余の老舗の文具・事務用品メーカーです。
昭和40年に発売されたスタンプ台のいらない「Xスタンパー」は、業界に衝撃を与えました。その後もネーム印とボールペンを組み合わせたネームペンや、名前と一緒に日付も入れられるデーターネーム(日付印)などを開発、販売してきましたが、デジタル化の時代を迎え、新たなビジネススタイル「パソコン決裁Cloud(現:Shachihata Cloud)」を提供するに至りました。

捺印作業を電子化した「パソコン決裁Cloud(現:Shachihata Cloud)」の原点はおよそ30年前にさかのぼります。
今回は、電子印鑑事業に長年携わる佐藤と小倉に話を聞きながら、「パソコン決裁Cloud(現:Shachihata Cloud)」が誕生するまでの道のりを紐解いていきたいと思います。

構想から30年電子印鑑の開発

前身となる電子印鑑のパッケージは1994年12月の展示会で発表しているんです。
「Windows95」が発売される少し前で、「Windows3.1」という商品が登場した時代です。パソコンにはまだハードディスクも搭載されていませんでした。フロッピーディスクに保存した文章をサーバーで受けて、それを呼び出して感熱紙にプリントするくらいの機能しかなかったのですが、それでも画期的で「OA化(Office Automation)」と言われてました。
いま思えば笑ってしまうレベルですが、パソコン同士がネットワークでつながるなんて、未来を予見させるテクノロジーだったんです。

書類の管理にも「OA化が進む」と言われ始めたのもその頃からです。まだ漠然としていましたが、そうなったらハンコはどうなるんだという議論が社内でも起こりました。
いまでも覚えているのが、「OA化が進むと時間と場所がいらなくなって、もっと効率的になるんじゃないか」というものでした。ほとんど当てずっぽうで言ってたんですが、当たっていましたね。
会社も「次世代につながるさまざまな商品を作っていく」という方針を打ち出しました。

私は「ネーム9」という商品の開発に携わっていたのですが、電子印鑑を担当するようになり、当時のネットワーク回線を使って、電子印鑑のデモンストレーションができるくらいのソフトウェアを作ったんですね。
当時の通信速度からすれば、電子印鑑の容量は重すぎて話にならなかったんですけど、電子印鑑の実用化に向けた着手はあれが始まりでした。

その頃、電子事業で先んじていたのはやはりNTTさんだと思います。当時は特許公報も頻繁に目を通していたのですが、「電子印鑑」というキーワードはすで使われていました。厳密にいえば「電子証明書」で電子印鑑ではなかったのですが、私たちには脅威でした。
だから、もしかしたら近い将来、私たちのライバルは文具事務用品メーカーではなく、通信業界…、のちのIT業界になっていくのではないかという焦りのようなものを感じていました。
でも、1995年当時のシヤチハタにはソフトウェアを作れる人間はいないわけです。だからどうやって電子印鑑を実現していったらいいのか、本当に悩みましたね。

当時はモデムを使っていたので通信料がかかったんです。でもインターネットなら無料で通信ができて、時間と場所の制約もなくなる。商品の構想やイメージはあったんです。それを何とか具現化できないものかとあれこれやってみたけど、できない。
それで、アスキー・ネットワーク・テクノロジー(以下、ANT)さんと共同開発する形で、初めての電子印鑑サービスをリリースするんですが、当時の私は30歳そこそこで、肩書きは主任だったんじゃないかな。そんな若いのがプロジェクトを持ちかけたものだから、ANTさんも面食らったと思いますよ。
あのとき、ANTさんがご理解を示してくださらなかったら、私たちは電子印鑑のとっかかりでつまづいていました。

電子印鑑を発売した当初、反響だけはすさまじくありました。「電子印鑑ってのは何なんだ」というお問い合わせもものすごかった。でも、引き合いはあるんですが、残念ながらまだ理解はされていないというのが実際だったと思います。
それで、最初はインターネットの利便性を知っている方や、外資系の企業にご利用いただきました。特にアメリカの企業ですが、インターネットを知っている人たちは、電子メールに電子印鑑をつけて送れば日本でも通用するということがわかっていたみたいですから。

当時は日本でも「IT革命」が叫ばれていて、私たちもANTさんのご協力を得て電子印鑑の商品化にこぎつけましたが、まだクラウドじゃなかった。インフラが整っていないこともあって、営業も決して楽な道のりじゃありませんでした。最先端にはマーケットがないんですよ。だからこつこつと営業するより他なかったんです。

最先端を走り続けて

私がこの部署に来たのは2002年ですが、いま佐藤がお話ししたように、お客様にまだ電子印鑑の概念がないなと感じていました。極端なことを言えば、「電子印鑑にすると印紙税を払わなくていいのか」とか、そういうところに注目が集まって、私たちが進める業務の即効性や利便性についてはなかなか理解していただけなかった。
だから、商品の説明をするときは、ワークフローや文書管理の話から始めるんです。多少のブレはあるんですが、ワークフローを簡便化するツールだという説明をすると、お客様も電子印鑑をイメージしてくださったり、少し理解してくださるんですね。そんなふうにちょっとずつギャップを埋めて特徴を説明していました。まったく違う角度から切り込んでいくような感じだったので苦労しましたよ。

もう1つ苦労したのが、当時の技術で電子契約を行うには、双方が同じ環境を整える必要があったことです。(※当事者型署名)
何百社という協力会社を抱えている元請け会社が、全体の3割の協力会社と電子契約できたとしても、残りの7割とは紙の契約のまま進まない。結果的には二重管理になってしまうとか、いろいろな不都合もありました。
弊社のホームページをよくご覧になってくださるとか、インターネットの利便性や電子契約を早くから理解してくださっているお客様とはすんなり契約できるんですが、そうじゃないお客様には、電子契約は手間がかかるうえに使い方も難しくて、なかなか受け入れていただけませんでした。
ほとんどのお客様がそうでした。苦境を強いられましたが、長らくそんな時代が続きましたね。

クラウドへの舵取り

iPhoneが登場したのは2007年頃だったでしょうか。
その頃、お客様から「スマートフォンで使える電子印鑑はできないのか」というお声を頂戴したんですね。
私どももなるほどと思い、すぐに開発に取りかかって「スマートスタンプ」という商品を発売したんですけど、これがさっぱり売れなかった。当時はまだクラウドそのものが受け入れられていなかったという時代背景もありますが、結局2年で撤退したんですよね。苦い思い出です。

そうでした。あの頃はまだクラウドという言葉もなくて、ASPやSaaSと呼んでいました。
銀行さんや商社さんだけじゃなかったですかね、クラウド型のシステムを導入していたのは。ネットワーク上にサーバーを上げて、そこで電子印鑑を配信していました。
そういった意味では最先端でした。

私がいまでも忘れられないのが、2014年のサンフランシスコでの体験です。空港からダウンタウンまでタクシーを使って、支払いの際にiPhoneにサインを求められたんですよ。そこには「DocuSign」というロゴがあって、この会社とはのちに業務提携することになるんですが、iPhoneで支払いができるなんて「電子決済ってこんなに楽なのか」と驚いたのを覚えています。
サンフランシスコは日本の数年先の未来を行っていると思いました。いずれその波は日本にも押し寄せると感じましたが、もしかしたら今度こそ当社の電子印鑑もうまくいくかもしれないと思いました。

ドキュサイン社と業務提携してわかったことですが、彼らは2003年頃にはもうクラウド化の準備を進めていました。でも、彼らも当初はうまくいかなかったんだそうです。社内の文書を社外に持ち出すクラウドには抵抗があったと言ってました。
それで試験的にと言うか、「ドックギア」というワークフローを使いクラウド化を試してみたんです。そうしたら意外に受けがよくて、電子印鑑のクラウド化も急ピッチで進めることになったんです。

数はそれほど出たわけじゃないけど、伸び幅がすごかったんですよね。

クラウドがようやく理解された瞬間と言っていいのかもしれない。あれで、クラウドってこんなに便利なんだというのが多くの人に伝わったのだと思います。
2015年頃というのは、誰もがスマートフォンにPCにタブレット…、1人が何台も端末を持つようになった時期です。通信環境も強化されて、3Gから4Gになりました。スマートフォンの性能も上がり、通信環境や条件が整って、徐々にクラウドの商売ができる土壌ができてきたんですね。

メールより簡単な回覧ツールを目指して

それからの課題は、どうすればクラウドへの抵抗感をなくし、お客様に利便性を感じてもらえるかでした。いろんな仕組みは考案できるんだけど、そのなかのどれがお客様にとって一番便利なのかがわからなかったんですね。

そんなときです。2015年の展示会で某自動車会社の部長さんと雑談していたんですが、大きなヒントをもらいました。
「ワークフローって社内にいくつあるんだろう。経理のそれがあって総務専用のものがあって、それぞれのワークフロー毎に違うパスワードを憶えてなくてはいけなくて、これ以上増やすのは大変。きみのところはハンコ屋なんだから、メールより簡単な回覧ツールを出せないのか。ハンコを押して回せるだけでいいんだ」と。

基幹システムとしてのワークフローは完成している。でも、それ以外の紙の申請書が山ほどある。それを電子化できないからペーパーレス化を実現できないと部長さんは嘆いておられました。
でも、「メールより簡単な回覧ツール」を提供すれば、それらの問題をクリアできる。私にはとても大きなヒントでした。

最初の構想から20年が経っていましたが、20年経ってようやく気づかされたというか…。
プロジェクトに着手した頃は格好ばかりを大事にしていました。格好いい言葉を選び、見栄えのいいものを追うんだけども、20年もやってると大事なのはそういうことじゃないよねと。シンプルで使いやすいとはどういうことかにようやく目が行くんですね。

そして、難しくないものが一番クールだと気づくんです。

じゃあ、シンプルで、すべての動作が使いやすいものを作ろうとなるんですが、どういうわけか技術屋が作るとコテコテになってしまう(笑)。毎回IDを入力しろとか、パスワードは間違っちゃダメだとか…、そういうことを煩わしいと思う人はすぐに拒否反応を示します。それでは意味がない。だから、そのくらいのレベルから使いやすさを考え直す必要がありました。

これまでは新しいシステムを導入するときには、専用のサポートシステムを作らなければなりませんでしたが、このときは何もしなくても使えるようにしました。それが、社内フローを変えなくても電子化できる仕組みの提供です。日本には印鑑で認証する文化があったわけですが、それをデジタルに置き換えただけという仕組みがこの製品の強みだったのだろうと思います。

私たちは「BPS」と呼んでいますが、BPSというのは「ビジネス・プロセス・そのまんま」の頭文字です。ITだから悩まなきゃいけないということをなくしたかったんです。

いくら高度な技術があっても、わからなかったら一緒です。世の中はITに強い人ばかりではありません。ITが苦手だと言う人もいれば、さっぱりわからないと言う人だっているわけです。
だから、誰もが使えるクラウドとはどういうものなのかを私たちは常に意識していなければならないと思うんですね。

環境の変化に応じてお客様の課題解決を

私たちは、常に多くの方が不便に感じていることを解決してきました。
これからまた時代や環境が変わっていき、そのときはソフトウェアなのかハードウェアなのか、それともケミカル用品なのかはわかりませんが、安心・安全で便利に活用できる商品をお客様に提供していく。この姿勢だけは変わらないと思います。

今後も一貫しているのは、皆さまの不便を解決していくということです。

私はシヤチハタという会社をとてもユニークな会社だと思っています。
もともとはスタンプ台を製造販売していた会社なのに、気が付けば朱肉やスタンプ台がいらないハンコを作りました。すると今度は看板商品になった「Xスタンパー」や、「ネーム9」が売れに売れているときに電子印鑑を作りました。自分たちの主力商品が売れなくなる商品を開発して売るんだから、本当にユニークな会社です。

でも、時代や環境の変化に柔軟に対応できる会社だから、そういうことができたのだろうとも思っています。これからもまた、さまざまな形で社会に貢献したり、新しいサービスや商品を提供したりしていくのだろうと思います。
だから、いつかそう遠くない将来、「シヤチハタってハンコ屋さんだったんだぞ」と言ったら、「え!」と驚かれるような会社になっているかもしれませんね。

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